アルスラーン戦記(20) (週刊少年マガジンコミックス)

アルスラーン戦記(20) (週刊少年マガジンコミックス)のカバー画像 発売日: 2024年1月9日 著者: 田中芳樹荒川弘 出版社: 講談社

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内容紹介

雪辱のアトロパテネ、そして暴かれる「パルス王家」の呪われた真実

アトロパテネ平原。かつてアルスラーンが全てを失ったその場所で、今度はパルス軍がルシタニア軍を圧倒します。しかし、勝利を目前にした彼らの背後に現れたのは、狂信の徒・ボダン率いる大軍勢でした。

「あの日」の絶望を「今日」の闘志に変え、ボダンの狂気をナルサスの知略で焼き払うアルスラーン。ルシタニアのパルス遠征は、ギスカールの戦意喪失という形で、1年を待たずして幕を下ろします。

しかし、戦いの終わりは、より残酷な「真実」の始まりに過ぎませんでした。王都エクバターナで対峙するアンドラゴラスとヒルメス、そしてアルスラーンを待つタハミーネ妃。明かされるのは、パルス王家を根底から揺るがす、呪われた血の系譜。少年が信じてきた世界が、今、音を立てて崩れ去る――!

「知の報復」ナルサスがボダンに放った火矢

ボダン軍を崖へと誘い込み、油と火で包囲する策は、かつてパルス軍がアトロパテネで嵌められた罠の裏返しです。特に印象的なのは、ナルサスが自ら火矢を放つシーン。普段は冷静な彼が、パルスの文化と書物を焼き払ったボダンに対し、「文化を焼く愚者よ、その火は己の身にも燃え広がると知れ」と断罪する姿には、知識人としての深い怒りが宿っていました。

ギスカールの「限界突破」とアルスラーンの「聖性」

捕らえられたギスカールが、兄王イノケンティスの安否を問われ、「知ったことか!」と絶叫するシーン。読者の誰もが「本当にお疲れ様……」と同情を禁じ得ない、中間管理職の悲哀が爆発した瞬間でした。 そんな彼に対し、本気で道中の無事を祈るアルスラーン。ギスカールがその眼差しに「本気か……?」と戦慄する描写は、アルスラーンの「人たらし」という言葉では片付けられない、敵すらも毒気を抜かれるほどの圧倒的な善性を際立たせています。

ヒルメスを襲う絶望

アンドラゴラスがヒルメスに告げた真実——。ヒルメスが「伯父」と信じ、簒奪者として憎んできたアンドラゴラスが、実は「兄」であり、自分がかつて呪った大王ゴタルゼスの不義の子であったという事実(?)。 「俺の父は誰だ」とアイデンティティが崩壊し、嗚咽するヒルメス。復讐だけを生きがいにしてきた彼から、その「根拠」を奪い去るという、アンドラゴラスのあまりにも残酷な精神的勝利に背筋が凍ります。

タハミーネの氷の宣告

そして、物語の最後。母を慕い、ようやく再会を果たしたアルスラーンに、タハミーネが放った「そなたはわたくしの子ではありません」という一言。 王家の血を引いているかもしれないという淡い期待も、母の愛への渇望も、全てがこの一瞬で凍りつきました。主人公でありながら、ついに「何者でもなくなってしまった」アルスラーンの衝撃は計り知れません。


第20巻を読み終えた時、爽快な勝利感と、底知れない絶望感が同居する不思議な感覚に陥りました。 アトロパテネでの戦術的な勝利は、まさに少年漫画としての逆転劇が最高潮に達する場面です。ダリューンをして「倒すのは無理だな」と言わしめる圧倒的な強さ、エラムの機転、ナルサスの冷徹なまでの計略。これらが噛み合い、ルシタニア遠征軍を撤退に追い込む流れは、第1巻からの長い旅路の大きな節目として完璧なカタルシスを与えてくれました。

しかし、その後の「家族」を巡る対話が、あまりにも重い。 ヒルメスもアルスラーンも、自らの「血」を根拠に戦ってきました。一方は「正統な後継者」として、一方は「王太子」として。しかし、この巻で二人は同時に、自らが信じてきた「血の繋がり」を否定されます。

特にアルスラーンです。これまでどれほど理不尽な追放に遭っても、彼は「パルスのために」と立ち上がってきました。その心の拠り所であった母親から、あのような無機質な言葉を投げかけられる。「じゃあ、僕は一体誰なんだ?」という問いは、読者の心にも深く突き刺さります。

しかし、だからこそ面白い。 血統という古い価値観が支配する世界で、血の繋がりがないことが確定したアルスラーンが、それでもなお「王」として立つとき、彼は本当の意味でパルスの古い皮を脱ぎ捨て、新しい時代を創る存在になるはずです。 アンドラゴラスという「過去の力」に対し、アルスラーンという「未来の意志」がどう対峙していくのか。

荒川弘先生のダイナミックな筆致は、激しい戦争描写だけでなく、崩れ落ちるヒルメスの表情や、タハミーネの冷徹な美しさを完璧に描き出しています。原作の魅力をさらに増幅させる演出力に、改めて脱帽する一冊でした。

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