菌と鉄(9) (週刊少年マガジンコミックス)
内容紹介
「正義」が溶け合う戦場の果て。博士が招く、最大最悪の終焉。
最強の武力GUNを倒し、拡散された「真言(マントラ)」によって人類は洗脳の枷を外し始めました。戦況は一見、反抗組織エーテルの優勢に見えます。しかし、勝利の代償は大きく、主人公ダンテの視力は失われつつありました。
そんな中、壊滅したはずの最高幹部「創まりの5人」からジャンプが強襲。ラミとジオン、そして目覚めぬリサを守るため、彼らは命を賭した肉弾戦に挑みます。一方で、この星の頂点に君臨する「博士」がいよいよ動き出し、世界はグラントの未来視が予言する「無」へと向かい始めます。
ラミの献身と、リサのの覚醒
今巻の白眉は、ジャンプを迎え撃つラミの凄絶な闘志です。戦闘機にタックルするような無謀な特攻を仕掛け、体中の骨を砕きながらもジャンプを拘束し続けるラミ。彼が最後に選んだ武器が「旧世界の殺虫剤」というのも、高度な技術が失われた世界における泥臭い人間らしさを象徴しています。 そして、目覚めたリサによるジャンプの「捕食」。手術によって獲得したその異形の力は、もはやアミガサすら凌駕しかねない恐怖を感じさせますが、その力の根底にあるのは、仲間を傷つけられたことへの怒りには見えませんでした。
ジャンプの過去:否定したかった「暴力」への執着
最高幹部ジャンプの正体が、かつて旧世界で理不尽な暴力に苦しむ女性を救おうとした「弁護士」だったという過去には、胸を締め付けられます。誰よりも暴力を憎んだ者が、誰よりも強靭な暴力の化身(アミガサの幹部)へと変貌してしまった。 リサが彼女を否定するのではなく、「あなたが壊した悪い価値観を忘れない」と受け入れたことで、ジャンプは憎しみではなく「安らぎ」の中で息絶えることができました。敵味方の垣根を超え、一人の「人間」として向き合ったこのシーンは、本作屈指の名場面です。
ダンテの喪失と「石炭」という逆転の発想
視力を失いつつあるダンテがアオイに見せる、あまりにも切ない笑顔。「いつでも想ってる」という告白は、死地に赴く者の覚悟と愛に満ちています。 しかし、ただ絶望するだけでなく「菌糸を石炭に変えられないか」という、生態系の循環を逆手に取ったアイデアを出すあたり、彼の戦士としての本能はまだ衰えていません。IQという監視を潜り抜け、リンたちの検証に未来を託す展開に、一筋の光が見えます。
菌類の「自滅」への問いかけ
コーイチが呟いた「菌類が生態系を壊せば、自らの餌も失うのでは?」という疑問は、生物学的な鋭い指摘です。管理を極めた先にあるのは、種としての繁栄か、それとも共倒れか。この問いこそが、次巻の完結に向けた「博士」の目的を解く鍵になる予感がします。
第9巻を読み終えて痛感するのは、本作が単なる「勧善懲悪」の枠組みを完全に超越したということです。 グラントの未来視が見せる「何もなくなった世界」という予言。すべてを救うことはできないと断じる彼の言葉は、あまりにも冷酷で、同時に誠実です。
そんな巨大な運命の奔流の中で、キャラクターたちは「全人類の救済」という大義名分よりも、「目の前にいる一人」をどう救うかに心血を注ぎます。ラミがリサを待ち続けた少女たちのために体を張り、リサが敵であるジャンプの人生を肯定したように。
支部長バリーが身内のジルイを銃殺してまで進軍を止めるシーンにも驚かされました。アミガサ側にも「個」の意志が芽生え始めているのか、あるいは「博士」の暴走を止めるために彼らなりの選択をしたのか。
ダンテとグラントは、ついに「博士」との最終決戦へと出発しました。ダンテの目が見えなくなるという不穏なフラグ、そして菌類が自ら餌を失うという矛盾。これらがどう結びつき、次巻でどのような結末を迎えるのか。 グラントの予言する「無」を、ダンテの「石炭」がどう塗り替えていくのか。
「変わってよかったことがあるとすれば、あなたが悪い価値観を壊したこと」。リサがジャンプにかけたこの言葉が、アミガサに支配されたこの1000年という時間に、せめてもの意味を与えてくれることを願ってやみません。